見世物小屋として未熟児を保育器でお金を取ることで子供を育てるお金を稼いでいたようです、見物料は25セントで現代の40,000円ほどの価格です。

その当時未熟児は遺伝子的に劣っていると考えられ医師に子供を託すことも多かったようです。親からはお金は一切取らずに最終的には一文無しとなりクーニー医師はなくなられています。

約40年間で6500人の赤ちゃんが育ち両親のもとに帰されました、1940年代頃には見世物小屋としての新鮮味はなくなりましたがその頃になると他の病院も未熟児のケアと治療に本腰を入れ始め現在に至ります。

見世物小屋と言うかなり批判を受けそうな方法ではありますがクーニー医師のような人がいなければ保育器は生まれていなかったかも知れません。