イスラム教徒の子どもとして日本で育った彼は、保育園の頃からずっと、苦しい思いをしてきたそうです。親子関係に亀裂が生じてしまっている現状からは、これを書いた本人の悲痛な叫びが伝わって来るようにも感じます。
日本では、何を信じるかは個人の自由であり、一年間にキリスト教の行事や信教の行事を行ったりします。私たちは、特に疑問を感じませんが宗教がちがえば文化が違い、文化が違えば考え方が違うものなのですね。
どんな考え方の人もそれぞれが個性を活かしあい、認め合えるような世界になればいいのですが、それは理想論なのでしょうか。